未来洞察のための思考法: シナリオによる問題解決 (KDDI総研叢書)

本書は待望の未来洞察の理論と実践の良著である。やや学術的で難しく感じられるかもしれないが、第1章の「未来を洞察するための思考法の選択」ならびに第2章の「スキャニング手法とインパクトダイナミクス手法の概説」を、これから手法について学びたい人や、なんらかの予測手法を実施したことはあるがより体系的にその違いについて理解したい人に勧めたい。個人的には、未来洞察を組織内で実践する際、まだ経験がない参加メンバーに対してまずは冒頭の2章を読む事を勧めている。そのほか、第3章（2006年に作成されたシナリオを10年後のいま振り返り検証）や第7章（情報の多様性やアイデア生成に及ぼす影響の検討）も大変参考になった。特に第3章などは、長年未来洞察を行ってきた筆者だからこそ、10年という時間を遡り、実際に当時作成したシナリオと10年後の今とを比較することが可能であり、貴重な情報である。学術的に見受けられるが、読んでみると実践者の疑問に対し「かゆいところに手が届く」印象がある。未来洞察を実施するにあたって思い浮かぶ疑問、たとえばワークショップの構成メンバーによる結果の違いや、何をもってよいスキャニングマテリアルとするかなど、やっていく内に浮かぶ疑問に丁寧に答えていると感じる。未来洞察を実施する際には中長期にわたる組織のコミットメントが重要であり、上層部を説得するためにもこうした論理背景を抑えることが必要になる場面もあるだろう。そんな時、本著の特に後半部分を読み解くことが有用となってくる。最終章に至り、より鮮明に（ようやく、というべきか）なるほどと思わされるのは、著者がこの未来洞察をイノベーションを組織で取り組むためのアプローチであると位置付けていることだ。イノベーションはいわば起こってしまえば必然視されるが、そこに至るまでの道のりは長い。しかし未来には不確実性があり、多様な人を巻き込んでその未来を描こう、そしてその変化した未来に向けていま取り組もうというメッセージが伝わって来る。日本の特に企業の現状を理解した日本の実践家ならびに研究者の書いた未来洞察本として広くお勧めしたい。